古くは旧霜月15日夕刻から翌朝にかけて開催され、かつては「冬至祭」ともよばれた。これに対してオキヨメマツリとは、本来国家や村の祝い事、あるいは村や個人の大願がかなった際に開催される臨時祭であった。これには例祭の翌日、神社で祭具一切を新しくしておこなう場合と、立願者宅で春季におこなう場合の二種類があり、例祭と異なるのは、祭場にボデンを飾り、「清めの湯立」や「花のようとめの舞」「古伝の遊び」「火伏せの舞」など13の特有の次第が加わることであった。現在では臨時祭特有な舞のいくつかを例祭に組み込むために、便宜的にその名でよばれている。
向方の神楽は見事で複雑な舞を特徴とするが、注目できるのは、この祭がもともと「宮人(ミョウド)」という願人によって担われたことで、彼らは生涯産土神(うぶすながみ)への奉仕が義務づけられ、食の禁忌(きんき)を伴った。そこに神と人との厳しい関係をみることができる。